ふんわり優しく戦国時代!

織田信長が舞った『人間五十年、下天の内を…』って歌はどういう意味?

『人間五十年、下天の内を…』って歌はどういう意味?

 

 

にんげんごじゅうねん〜

げてんのうちをくらぶれば〜

ゆめまぼろしのごとくなり〜


 

 

そっ、それは織田信長が舞った事で有名な幸若舞、『敦盛』…!


 

 

そう、『あつもり』!!

 

なんか聞いたことある一節なんだけど、実際、詳しくは知らないんだよね。

 

この歌はどういう意味の歌なの?

なんで織田信長はこの歌を気に入っていたんだろう??


 

 

この歌は続きがあるんだよ。

 

人間五十年 

下天の内をくらぶれば 

夢幻の如くなり

 

ひとたび生を受け 

滅せぬもののあるべきか


 

 

にんげんごじゅうねん

げてんのうちを くらぶれば

ゆめまぼろしのごとくなり 

ひとたびせいをうけ

めっせぬもののあるべきか…


 

 

昔は人間の寿命は50年ほどだと言われていたんだ。

 

で、下天というのは『天界』のことを指す言葉なんだけど、そこは我々のいる世界とは時間の流れが違う、壮大な世界…。

 

『敦盛』は、

 

そんな下天と比べれば、人の一生なんて夢や幻のように儚い。

この世に生まれてきた者は、必ずいつかは死に滅びていくものだ。

 

…といった意味の歌なんだよ。

 


 

 

なるほど。

なんだか世の中を達観したような、寂しげな歌だね。


 

 

そう、織田信長はこの『敦盛』を桶狭間の戦いや、本能寺の変で自害する前に舞い歌っていたと言われているよ。

 

桶狭間の戦いは今川軍2万5000に対し、織田軍4000というかなりの劣勢で挑んだ戦…

 

信長は綿密に作戦を立て、見事にこの戦に勝利したんだけど、

 

『もしかしたらこの戦で討ち死にするかもしれない、しかしそれもまた人生…』

 

といった覚悟も決めて、今川義元との戦に挑んだんじゃないかな?


 

 

そう思ったらこの『敦盛』といあ歌の歌詞が沁みるねぇ…。

 

でも、本能寺の変に至っては、織田信長は完全に詰んでたんだよね。


 

 

うむ。

織田信長は少ない人数で本能寺にいた所を、明智光秀の大軍に包囲され打つ手無しの状態…。

 

ここでの『敦盛』は、

 

人生50年…人は皆、いつかは必ず死ぬ。

今がその時だ。

 

みたいな、潔さがあるよね。

 

『おのれ光秀〜!!』みたいに取り乱したなんてエピソードもないし、信長は

 

『コリャやられたぜ。まぁ、油断してたワシが悪いわな。潔く負けを認めて腹を切るぜ。』

 

って感じだったと思うよ。


 

 

我が人生に一片の悔いなし!…的なカッコよさを感じるね!


 

 

悔いはありまくりな気もするけど…。笑

 

まぁどっちにしても、『敦盛』は信長の人生においてとても大きな意味をもつ、特別な思い入れのある歌だったんだろうね!


 

 

間違いないね〜!


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